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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)209号 判決

原告

アールシーエー ライセンシング コーポレーシヨン

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和60年審判第21904号事件について平成元年5月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

出願人 アールシーエー コーポレーシヨン

出願日 昭和57年3月16日(昭和57年特許願第42470号)

優先権主張 1981年3月20日アメリカ合衆国出願

発明の名称 「螢光体を合成する方法」

拒絶査定 昭和60年6月27日

審判請求 昭和60年11月11日(昭和60年審判第21904号事件)

名義変更届 昭和63年10月20日(1987年12月8日原告への権利譲渡)

審判請求不成立審決 平成元年5月15日

二  本願発明の要旨

「螢光体の成分化学元素を含む化合物の親密な乾燥混合物を準備する段階と、上記乾燥混合物を成形器内で均衡加圧によつて規定の形および規定の密度に圧縮して少なくとも一個の自立予備成型体を形成する段階と、次に上記自立予備成型体を、内部形状が上記規定の形に関係している閉じた容器内で反応温度に加熱して螢光体粒子の脆い塊状圧縮体を生成する段階と、上記塊状圧縮体を室温に冷却する段階と、上記塊状圧縮体を粒子に粉砕する段階と、を含む螢光体を合成する方法。」(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりである(特許請求の範囲記載のとおり)。

2  本願の出願日前の出願であつて、その出願後に出願公開された特願昭55―150143号(特開昭57-74382号公報)の願書に最初に添付した明細書及び図面(引用例)には、螢光体の原料混合物焼成工程が、前記原料混合物をあらかじめ任意形状に成型し、この成型体を焼成炉内に挿入し焼成するものであることを特徴とする螢光体の製造方法が記載され、原料混合物の成型はプレス等による圧縮成型により行い得ることが開示されるとともに、焼成物は粉砕するとされている(別紙図面(二)参照)。

3  引用例の「焼成」と本願発明の「反応温度に加熱」とは、実質的な差はないことは明らかであることを考慮して、本願発明と引用例記載の発明(引用発明)とを対比するに、両者は、原料混合物を成形器内で加圧によつて、規定の形及び規定の密度に圧縮して自立圧縮成型体を形成し、該成形体を焼成することを特徴とする螢光体の製造方法である点において一致し、両者は、(1) 加圧成型について、引用例では、プレスによる圧縮成型としているのに対し、本願発明では、均衡加圧により圧縮成型するとしている点、(2) 焼成について、引用例では、具体的には、自立圧縮成型体を容器に入れることなくそのまま行つているのに対し、本願発明では、該体を内部形状が規定の形に関係している閉じた容器内に入れて行つている点において相違する。

4(一)  相違点 (1)について

加圧技術の点からみて、引用例のプレス圧縮は本願発明の均衡加圧による圧縮の一種とするのがよいから、引用例の圧縮成型技術と本願発明のそれとは別異のものとするのは適切ではなく、両者の間に格別な効果上の差異が見い出し得ない以上、両技術は実質的に同一のものとするのがよい。

(二)  相違点 (2)について

一般に焼成を行う場合、被処理物を閉じた容器内について入れて行なうのか容器に入れずに行なうかは必要により随時選択されている周知の技術事項であるから、両技術は別異のものとするよりは同種のものとするのが適当であり、また、両者間に格別の効果上の差異が見い出し得ない以上、本願発明のごとき焼成方法は、当然引用例にいう「焼成」に包含されるべきものとするのが合理的である。また、本願発明では、焼成物(塊状圧縮体)を室温に冷却し、粉砕するとするが、このようなことは、引用例においても行なわれていることであるから、格別のものとすることはできない。

5  本願発明は、その出願の日前の出願であつて、その出願後に出願公開された引用発明と同一であり、また、本願の発明者及び出願人が、その出願前にかかる引用例の特許出願の発明者及び出願人とそれぞれ同一でない。

6  以上のとおりであるから、本願発明は、特許法二九条の二により、特許を受けることができない。

四  取消事由

審決の理由の要点1ないし3は認める。同4(一)は否認し、(二)は認める。同5は認める。同6は否認する。審決は、本願発明と引用発明との相違点(1)に対する判断を誤つた結果、両発明を同一のものであると判断したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

1  本願発明が採択した均衡加圧による圧縮(以下「均衡加圧法」という。)は被圧縮物(粉体である螢光体の原料混合物)を成形器内で全方向から各部均一に圧縮する操作をいい、引用発明が採択したプレスによる圧縮(以下「プレス法」という。)とは、一軸方向のみの加圧による被圧縮物(前同)に対する圧縮操作であり、前者は、圧力が全周に均一にかかるため、各部の密度が一様で極めて均質な自立圧縮成型体を得ることができるのに対し、後者は圧力が定方向であるため不均一に分布し、形成される自立圧縮成型体の各部の密度は不均一なものとしかならない。

2  その結果、均衡加圧法はプレス法に比し、螢光体の製造能率の向上、加熱容器の有効寿命の確保、有害な塵埃の発生防止等の点ですぐれた効果をもたらす。

このように均衡加圧法とプレス法とは、方法も効果も異にする粉体に対する別個の圧縮成型手段であり、この両者を同一のものとする審決の判断は誤りである。

3  被告の主張2の事実、引用例に被告の主張1及び3の事項が記載されていることは認めるが、引用例には、螢光体原料混合物の成型方法としては、プレスによる圧縮成型と鋳込み成型とについてしか具体的に記載されてなく、本願発明の均衡加圧による成型については具体的に全く記載されていないのは明らかである。

確かに、被告が主張するように、引用例には、螢光体原料混合物の成型方法について、「成型方法は、原料混合物成型体を炉内に挿入でき、且つ連続的に送り込んだ場合に変形や崩れを生じないものであればよく」との記載がある。しかし、この記載に続いて、被告が主張するように、「プレスによる圧縮成型、純水を用いて和状態としたのちテフロン或いは石膏の型に流し込む鋳込み成型がある。」(二頁右上六行ないし八行)と記載されている。この記載は、プレスによる圧縮成型、鋳込み成型が、変形や崩れを生じないための成型方法の一例であることは示しているが、他の成型方法の存在及びその使用可能性まで示したものではない。

したがつて、審決の判断を被告主張のように解することはできず、引用例が圧縮成型法としてプレスによる圧縮を限定的に開示したものではないとする被告の主張は理由がない。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。同四1は認め2は否認する。

二  被告の主張

1  引用例の記載によれば、引用発明は、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム、弗化カルシウム、三酸化アンチモン、炭酸マンガン、塩化アンモニウム或いは塩化カルシウム等の原料を充分混合したものを、電気炉等にて高温焼成してハロリン酸カルシウム螢光体を製造するに当り、従来の該原料を粉体のまま全量を容器に収容して行う焼成方法の欠点を除き、螢光体の焼成反応を良好にし、発光出力を大巾に向上させ熱効率にすぐれた螢光体製造方法を提供することを目的とし(一頁左下一三行ないし二頁左上五行)このために粉体である螢光体の原料混合物をあらかじめ柱状、板状等任意形状に成型し、環状型等の炉内に挿入して螢光体焼成を行うようにしたものである(二頁左上六行ないし八行)。そして、右原料混合物を任意形状に成型する方法について、引用例は、「成型方法は、原料混合物成型体を炉内に挿入でき、且つ連続的に送り込んだ場合に変形や崩れを生じないものであればよく」と記載し(二頁右上三行ないし五行)、一般的に説明するとともに、具体的な成型方法として「プレスによる圧縮成型、純水を用いて和状態としたのちテフロン或いは石膏の型に流し込む鋳込み成型がある。何れの場合にも七〇〇℃迄に分解して残存しない有機高分子物質をバインダとして少量加え成型して良い。しかし鋳込み成型では、成型時に使用した水分を除去するため一旦乾燥を行う必要があり、プレスによる圧縮成型が容易且つ実用的である。」(同第二頁右上欄第六行~第一三行)と記載し(二頁右上六行ないし一三行)、実施例に油圧プレスによる圧縮成型方法を示している。

2  粉体を加圧して圧粉体を形成し、これを焼結しよい焼結品を得るためには、圧粉体の各部における密度分布が均一であることが最も望ましく、密度分布が均一な圧粉体を得るには粉体に対する加圧成型の途中においても密度分布が均一でなければならないのであり、そのための方法としては均衡加圧法が理想的であり、望ましい。

しかして、本願発明による均衡加圧法も引用発明によるプレス法も、粉体の圧縮成型法として周知であり、いずれも粉体である原料混合物を成形器内で加圧によつて、規定の形及び規定の密度に圧縮し自立圧縮成型体を形成する方法である点において共通するものである。

3  前記のように、引用例の螢光体製造方法は、原料混合物をあらかじめ任意形状に成型し、この成型体を焼成炉内に挿入し焼成することを特徴とするものであり、該成型方法は、原料混合物成型体を炉内に挿入でき、連続的に送り込んだ場合に変形や崩れを生じないものであればよいとされるもので、具体的に記載するプレスによる圧縮成型、鋳込み成型は、成型方法のあくまでもその一例を示すものとみるべきであつて、圧縮成型法についてはこれをプレスによる方法に限定して解する必要はない。現に、引用例には圧縮成型の条件として、「圧縮成型の圧力は、前述のように成型品が焼成炉内に於いて焼結反応が完了する前に変形、崩れを生じない程度あることが必要である。しかし必要以上に圧力をかけることは、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等原料の結晶破壊と焼成中に生じる反応分解ガスの飛散を妨げ(「訪げ」は上記の誤記と認められる。)、得られる螢光体の発光出力を低下するので注意を要する。例えば圧力は二〇〇ないし四〇〇kg/cm2が最高である。」と記載されており(二頁右上一三行ないし同頁左下一行)、この圧縮条件にかなう成型法として、粉体の加圧成型法としてもつとも理想的であり望ましいとされる均衡加圧法が適用し難いとする理由はない。

4  審決は、本願発明の均衡加圧法と引用発明のプレスが実質上同一である理由として、「加圧技術の点からみて、引用例のプレス圧縮は本願発明の均衡加圧による圧縮の一種とするのがよいから」と摘示しているが(審決の理由の要点4(一))、右判断は、前記のように、引用例の粉体である原料混合物の圧縮成型法がプレス法だけでなく、均衡加圧法も開示しているとの前提に立つたうえで、ただ引用例に具体的に示されているプレス法と本願発明の均衡加圧法とを比較すると、両者は一応異なるので、これを相違点として捉え、「加圧成型技術からみて、引用例の加圧成型は、具体的に示されるプレスによる圧縮成型よりは、本願発明の均衡加圧にする方がよいから」との趣旨を示したものである。したがつて、審決には原告主張のような違法はない。

第四証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  引用例に審決の理由の要点2摘示の事項が記載されていること、本願発明と引用発明の一致点及び相違点は、審決の理由の要点3が摘示したとおりであること(原告は右相違点のうち相違点(1)に対する判断のみを争うものである。)、引用例に被告の主張1及び3に摘示されたとおりの記載があること並びに均衡加圧法及びプレス法に関する取消事由1及び被告の主張2の事実は当事者間に争いがなく、この事実と前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載、成立に争いのない甲第二ないし第五号証(本願の願書添付の明細書・図面、昭和57年12月16日付、昭和59年12月25日付、昭和60年12月10日付各手続補正書)、甲第六号証(引用例)、乙第一号証(「総説粉末冶金学」日刊工業新聞社昭和47年4月20日発行)、乙第二号証(創立80周年記念出版「窯業操作」社団法人窯業協会昭和48年9月20日発行)によれば、(1) 本願発明も引用発明も粉体である螢光体の原料混合物を成形器内で加圧により規定の形及び規定の密度に圧縮して自立圧縮成型体(本願発明では自立予備成型体、引用発明ではあらかじめ任意形状に成型された成型体)を形成し、この成型体を焼成することを特徴とする螢光体の製造方法である点で共通しており、自立圧縮成型体を形成する圧縮成型法として、本願発明では均衡加圧法を採択するが、引用例にはプレス法を採択することが明記されているのにとどまるため、審決はこの両発明における圧縮成型法を相違点(1)として捉えたものであること(なお、引用例には自立圧縮成型体を形成する方法として鋳込み成型法が記載されているが、この方法は圧縮成型法ではない。)、(2) 本願発明が採択した均衡加圧法は、容器に入れた原料混合物に全方向から圧力を均等に印加する方法であり(実施例によれば、右混合物を満たした半剛性ポリウレタン袋状成形器を、水性液体を満たした均衡加圧室に入れ、水性液体に圧力を印加することにより、半剛性の右袋状成形器を通して中の混合物に圧力を均等に印加する。)、この方法により高密度で均一度の高い自立圧縮成型体を形成することができ、かようにして得られた同成型体は完全な自立性と通常の取扱いでは破壊しない十分な強度を有するため、次の焼成段階において実質的に多量の同成型体を同じ耐熱容器で加熱することができ、密度分布の均一な焼成品を得ることができるという効果が奏せられること、(3) これに対し、引用発明が開示するプレス法は、一軸方向に圧力を加える方法であり(実施例によれば、原料混合物を円筒状金型に詰め、油圧プレスする。)、この方法では圧力が定方向であるため、粉体を均一に圧縮することができず、異なる圧力分布が生じ、形成された自立圧縮成型体の各部の密度は一様でなく、均衡加圧法による成型体に比し自立性と強度の点で劣り、これが焼成品のひずみやき裂の原因となること、(4) 一般に、粉体を加圧して圧粉体(自立圧縮成型体)を形成し、これを焼成してすぐれた焼成品を得るためには、圧粉体の各部における密度分布が均一であることが最も望ましく、かかる圧粉体を得るためには、粉体に対する圧縮成型の過程においても均質の加圧が必要であるから、圧縮加圧法としては、プレス法より均衡加圧法がすぐれていることが認められる。

以上の事実によれば、本願発明が採択する均衡加圧法と引用例に記載されたプレス法とは、ともに周知の圧縮成型法であるとはいえ、加圧方法も加圧による効果も異にするから、別異な技術として把握すべきものであり、プレス法を均衡加圧法の一種と捉えたり、両者を圧縮成型法という上位の概念で捉えて、同一のものと扱うのは相当ではない。

審決は、相違点(1)につき、①「加圧技術の点からみて、引用例のプレス圧縮は本願発明の均衡加圧による一種とするのがよいから」、②「両者の間に格別な効果上の差異が見い出し得ない」ことを理由として、本願発明と引用発明の圧縮成型技術は実質的に同一である旨判断する。しかし、右①及び②により示された理由がいずれも誤りであることは既に説示したところから明らかであるから、これを理由として本願発明の均衡加圧法と引用発明のプレス法を技術的に同視し、両者を実質的に同一であるとした判断も誤りである。

三  被告は審決の相違点(1)に対する判断のうち、①の摘示、すなわち「加圧技術の点からみて、引用例のプレス圧縮は本願発明の均衡加圧による一種とするのがよいから」との摘示は、「加圧成型技術からみて、引用例の加圧成型は、具体的に示されるプレスによる圧縮成型よりは、本願発明の均衡加圧にする方がよいから」との趣旨である旨主張する。

しかし、右①の摘示は字義どおり理解する限り、プレス法が均衡圧縮法の一種であるとの判断を示したものと認めざるを得ないのであり(この判断が誤りであることは既に述べたとおりである。)、それなればこそ右摘示に続き「引用例の圧縮成型技術と本願発明のそれとは別異のものとするのは適切でなく」との判断が示されているのであつて、右①の摘示を被告主張のように理解することができないことは、その文言、文脈に照らして明らかなところである。

被告の右主張は、引用例に具体的に記載されているのはプレス法のみであるが、引用例に記載された圧縮成型の条件からみれば、均衡加圧法もこれにかなうものであり、均衡加圧法が粉体の圧縮にとつて理想的なものである以上、引用例は均衡加圧法を用いることをも開示しているということを前提としている。しかし、本件で問われているのは、本願発明の進歩性ではなく、特許法二九条の二による引用発明との同一性の有無であるから、引用例にはこの点に関する明示的記載か、明示的記載がなくもそれをうかがわせるに足りる技術的背景を持つ具体的記載が必要であるというべきところ、被告指摘の引用例の記載を具に検討するも、引用例が圧縮成型法としてのプレス法のほか、これと方法、効果を異にする均衡加圧法をも開示しているものと認めることは到底できないところである。のみならず、発明者がプレス法より均衡加圧法がすぐれていることに気付いていれば、自らの発明により高度の技術的意義を持たせるため、先ず、明細書に均衡加圧法の採択を明示的に記載し、公開、公告等の手続を経て、広くこれを知らしめようとするのが当業者として当然であると考えられるのに、その理由は不明であるが、ともかく引用例に均衡加圧法に関する具体的記載が全く存しないのであるから、かかる観点に立つも、引用例に右の点の開示があると認めることは困難であるものというほかない。いずれにせよ、均衡加圧法が引用例の圧縮成型の条件にかなうものであつたとしても、その程度のことが均衡加圧法開示の根拠となるものではない。

四  したがつて、審決には相違点(1)に対する判断を誤つた違法があり、この違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は取消しを免れない。

五  よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)

〈以下省略〉

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